菌根菌:きんこんきん

はじめに

土に腐葉土や堆肥を混ぜ込むと植物が元気に育つことは、多くの園芸家が知るところでもあります。
化学肥料よりも有機肥料のほうが、土にも植物にも良いと、多くの方が認識されていますよね。

しかし、その一方で「腐葉土や堆肥、有機肥料を使ったが効果がない。」との声も多々聞こえます。

いったいこの違いはどこに原因があるのでしょうか?

この疑問を解決したく、多くの用土や肥料を組み合わせて育成実験を繰り返してきました。

結果として鉢植えでは、市販の培養土に化学肥料を与えるのが、一番確実に植物を生長させることができます。
でも、庭や畑では腐葉土や堆肥、有機肥料が威力を発揮するんですよ。

そして、何年も育成実験をしていくうちに、化学肥料を与え続けた鉢植えのものに生長不良が目立つようになり、病害虫にもやられやすくなってきたのです。「これはヤバい!」と焦りましたね。
なんせ何鉢もある月下美人のすべてが元気が無くなっていきました。
庭や畑の植物は毎年、堅実に育っているのにです。

これは土が痩せてきたのが原因ではないかと思い、植替えをしてみることにしました。
植替えに際して用土と元肥を選んでいたところ「微生物入り有機肥料・菌根菌入り」が目に止まりました。

「微生物、これだ!」と直感がはたらき即購入です。

微生物が有機物を分解して土を作っていることは、中学生の理科で学んでいることです。
とても重要なことを忘れていたのです。
微生物入り有機肥料にすべてを託すことにしました。

用土は有機系の腐葉土、ピートモス、堆肥等を使い、肥料は微生物入りの有機肥料で決まりです。
この時点では、有機系の用土や堆肥を微生物がエサとして分解して、植物に最適な土を作るとしか認識していませんでした。

これで育成実験を開始しました。が、
微生物入りの有機肥料のパッケージに「菌根菌入り」の文字がどうも気になります。
微生物の一種なのだろうことは分かりますが、詳しいことは分かりません。
そこで本を買い漁り「菌根菌」について調べてみたところ、植物を育てる上で「菌根菌」を外すことはできない!ことが分かりました。

その分かったことを、植物と菌根菌との関係を、太古の昔から遡って解説していきますね。

◆植物も海から陸へ

動物の祖先が海から陸に進出したように、植物の先祖も海から陸に進出してきました。
これは4.5億年前から5億年前のことです。
地球上に生物が出現したのが40億年前といわれていますので、5億年前なんて最近の出来事ですね。

水に浸かりっぱなしの環境から陸に上がるということは、宇宙飛行士が宇宙服なしで宇宙空間に出るようなものです。
水中での暮らしと陸上生活では、それぐらい隔絶したものなのです。

陸上生活で問題になるのは、陸上は水中に比べて大変に乾燥していることです。
そして呼吸や食べ物の獲得のしかたも全くかわってきます。
水中は、ほぼ無重力ですが、陸上では重力の影響をうけます。
ヤワなつくりの体ではつぶれてしまいます。

このような、とてつもない高すぎるハードルを超えなければ、陸上に上がることはできません。
大問題を抱えながらも命がけで陸上に進出してきたのはなぜでしょう?
それほど新天地は魅力的なものだったのでしょうね。
水中では動物に捕食されますが、陸上には敵となる動物はまだいません。
陸上に行くだけで大繁栄することができる「約束の地」のようなものです。

でもいきなり楽園に行くことはできませんでした。
段階を追って徐々に環境に順応していかなければなりません。
まずは、水辺へと進出です。

そこで、あるものと出会ったことで、陸上への進出が加速することになったのです。
それは植物の進化も激変させました。

そのあるものというのは「菌根菌」の祖先なのです。
最近の化石の研究から、植物が陸上に進出したほぼ期を同じくして植物は菌根菌と共存していた事実が明らかになりました。

たぶんですが、植物が水中から陸上へ進出するに当って、その当時すでに水辺や陸上で生活していたはずの菌根菌の先祖の助けを借りることにより、その高いハードルを越える能力を獲得できたのかもしれません。
つまり、陸上植物はその陸上へのほぼ進出開始期からパートナーとして菌根菌と共に今日まで生きてきたのでしょう。

その間、大陸が移動して、何回かの大量絶滅があり、氷河期も到来しました。
そのような地球規模の気候変動や環境の大変化の中を、植物は菌根菌と共に生き延びてきたのです。

次に、なぜ植物は菌根菌と共生することによって生き延びてきたかを解説していきますね。

◆菌根菌(きんこんきん)とは、

まずは、菌根菌について解説していきます。
菌根菌とは、根の表面または内部に着生し共生するカビやキノコなどの菌類のことを菌根菌といいます。
根に有用なカビが生えたようなものです。

植物の新しい根の先からは、炭水化物やアミノ酸、有機酸、酵素類などの高栄養な有機物が分泌されています。
この高栄養な分泌物をエサにする菌根菌が、根の周りに集まって来て根と共生します。

菌根菌は根の表面または内部に着生して、根からエサとなる分泌物を受け取るかわりに、菌糸を伸ばして、土の中の養分、特にリンを吸収して、それを植物に供給します。

植物にしてみれば、菌根菌の菌糸は根が延長されたようなものです。
根の届かないところの水分や養分を吸収することができるのです。
植物にとっては夢のようなことです。

菌根菌にとっても、植物が枯れないかぎり食いっぱぐれることはありません。

このように互いに自分のためになる物を相手からもらい、その代わりに相手の必要とするものを提供する関係を相利(そうり)共生と呼びます。

この共生に近いものに寄生(きせい)があります。
寄生とは、一方が利益を得て、その相手が不利益を被ることです。
ダニやシラミと人間のような関係ですね。

◆根と菌根菌との共生

根と菌根菌が共生することにより、植物はとてつもない恩恵を受けているのです。

①水の吸収が増進される

菌根菌は根に着生して菌糸を土の中に伸長させていきます。
その長さは数センチから時には数メートルに至ります。
その菌糸から水を吸収して、根に渡します。
根が水を吸収できない場所からも、菌糸が吸収してくれるので乾燥に強くなります。

 

②養分の吸収が促進される

菌糸は、水の吸収と同時に、植物の栄養分、特にリンを吸収して根に渡します。
菌根菌の接種した植物と接種してないものを数週間も栽培すると、乾燥重量やリン含量に数倍、十数倍も違いの出ることがあるそうです。

菌根菌はリン以外にも,窒素,カリウム,マグネシウム,カルシウムや,一部の微量要素(亜鉛,銅,鉄など)の吸収も増加させます。

③病気や害虫からの攻撃に対して強くなる

耐病性が高くなる原因として,養分吸収量増加による作物の栄養状体の改善に加えて,病原菌と菌根菌の空間をめぐる競争が考えられています。
人間と同じように微量要素(亜鉛,銅,鉄など)をきちんと摂取することにより体調が良くなり、耐病性が高くなるのでしょうね。

菌根菌が根に定着すると,それがバリアとなって病原菌による攻撃を防ぎます。
同時に根の防御メカニズムも強化されて病害を軽減できるようです。

葉や茎を食べる害虫による被害が軽減されることがあるようです。
なぜ軽減されるかはっきりとしたことは分かっていませんが,菌根菌定着による栄養状態の変化が,植物の防御化学物質の代謝を高めているようです。

④土壌の構造がさらに強く維持される

微生物が有機物を分解するときに、粘着質の物質を排出します。
その粘着質の物質により、微細な土が付着し合い団粒となります。


団粒構造になると、土はふかふかになり、保水性と排水性があり通気性もよく、保肥力も高くなります。

以上のように、植物の根と菌根菌が共生することによって、水や栄養分の乏しく、襲いかかってくる病原菌が存在する陸上でも生きていくことができたのでしょう。
また土壌も有機物が菌根菌や微生物に分解されて肥沃になるとともに、団粒構造にもなり植物により適した環境へとなりました。

そんな菌根菌ですが、代表的なものにアーバスキュラー菌根菌とよばれるものがあります。
このアーバスキュラー菌根菌は、陸上植物の8割以上がこの菌と共生する能力があるといわれています。
このアーバスキュラー菌根菌は多様な種類の植物に分け隔てなく共生して菌根を作ります。
ですので微生物入り有機肥料には、この菌根菌が使われることが多いようです。

◆植物と菌根菌のネットワーク

野山には多種多様の草木が生えていますが、その地中では菌根菌の菌糸が絡み合いネットワークを築いているといわれています。
さらに菌根菌同士だけではなく、植物はさらに菌糸を仲立ちにして同種、あるいは別種の植物とコミュニケーションをとっているらしいことが最近明らかになってきました。

野山全体の草木、さらには地続きに生えいる草木すべてが菌根菌の菌糸で繋がり、インターネットのような通信網になっているらしいのです。
そして草木がお互いに情報交換をしているみたいです。
情報だけはなく、水分や養分のやり取りもしている、とのことです。

これらはまだ調査や研究中ですが、庭にある草木が菌根菌の菌糸を仲立ちにして、互いにコミュニケーションをとっていると思うと、草木に対する見方が変わりますよね。

 

おわりに

菌根菌について調べた範囲で解説をしてみました。
菌根菌や土壌の微生物においては、ほどんどが調査や研究中というのが現状みたいです。
まだ発見されていない菌種も、たくさんあります。

ですので「この植物には、この菌根菌が効きます。」なんてことは言えません。

1グラムの土壌の中には、数万種類の微生物や菌類が数10億いるともいわれています。
この多種多様性により、あるときはこの微生物がこの植物に効いたけど、多様性が変化すると効かなくなることもあるそうです。

いま時点で、園芸に菌根菌を取り込み活用するには、市販されている菌根菌入りの肥料や菌種を使って栽培実験を行うしかありません。
そして、その菌根菌と植物に最適な用土を選ばなければ、作らなければなりません。

一昨年から、菌根菌を月下美人に取り込むための育成実験を繰り返してきました。
そしてようやく、菌根菌を最適な用土のメドが立ってきました。

これらの実証実験済みで確実な情報を、随時ホームページやYouTubeで公開していきます。